ライソゾーム病の治療法

造血幹細胞移植(現在行われている治療法)

1.はじめに

代謝異常症に対する骨髄移植は、1981年、Hobbsら1) により9歳のHurler病患者に行われたのが最初である。以来、今までに多くのライソゾーム病に対し骨髄移植が行われた。日本においては、150症例近くの代謝異常症患者が骨髄移植を受けており、うち半数がムコ多糖症患者である。代謝異常症に対する骨髄移植は、当初は同胞や親をドナーとした移植が中心だあったが、最近では骨髄バンクからの移植も多く行われている。

2.作用機序

作用機序としては、移植された骨髄の幹細胞と呼ばれる多分化能を持つ細胞が各臓器組織に侵入し生着分化することと、移植骨髄細胞が産生する物質が各組織に到達して病態を改善することの2通りが考えられる。このことから、病気の種類や罹患臓器によって造血幹細胞移植の効果は異なるものと考えられる。代謝異常症に対する造血幹細胞移植は、上記の2通り両方による効果が期待できるライソゾーム蓄積病を中心として行われてきた。

3.臓器から見た造血幹細胞移植の効果

(1)造血臓器、網内系組織
これらに対する効果は、罹患臓器そのものを入れ替えるわけであるから著しい。すなわち、ライソゾーム病のなかでは、Gaucher病は主な病巣が網内系にあることから効果は大きい。とくに、神経症状を伴わないI型において満足な結果が得られる。
(2)肝臓などの内臓実質臓器
ライソゾーム病においては、移植された骨髄細胞が肝組織に浸潤し、酵素が作用して蓄積物質を分解したり、骨髄細胞から産生された酵素がホストの肝細胞内に取り込まれてその作用を発揮したりすることができる。このため、ムコ多糖症等の肝種大は骨髄移植によって比較的すみやかに小さくなる。
(3)軟部結合組織
ムコ多糖症では、皮膚、腱組織、舌、咽頭・喉頭粘膜などの軟部結合組織にムコ多糖が蓄積して肥厚する。これらの症状に対して(2)と同様の機序により効果を認めることができる。移植後2、3年のうちに徐々に皮膚の肥厚が消失する。巨舌、咽頭・喉頭粘膜の肥厚も比較的速やかに改善する。このため、閉塞性の呼吸障害や嗄声が改善する。粘膜の機能も良くなり、上気道感染症や中耳炎の頻度も減少する。
(4)骨、軟骨
ムコ多糖症では骨変形が一つの特徴的症状であるが、効果はあまりない。すでに変形した骨に改善がみられないばかりでなく、移植後でも進行は認められる。
(5)心臓
ムコ多糖症における心病変は、心筋病変と弁病変とがある。心筋では、間質にムコ多糖が蓄積し肥厚が起こる。これには造血幹細胞移植の効果が認められる。弁においては、ムコ多糖の沈着により、弁の肥厚と変形が起こる。これに対しての効果はほとんどない。他方、咽頭、喉頭部の肥厚が改善するため呼吸状態が良くなり、また、肺血管の抵抗が減少して循環動態の改善が起こるため、心機能の改善が認められる症例もある。
(6)神経
中枢神経においては、血液脳関門の存在から物質が外から脳へ入っていくことはきわめて難しい。このことから、中枢神経に対する作用は、骨髄細胞が脳内に浸潤することによってのみ期待される。ライソゾーム病の中でも、効果が認められるものとそうでないものとがある。比較的効果が認められるものとしては、Hurler病、Sly病、Krabbe病などが挙げられている。ライソゾーム病以外でも、副腎白質ジストロフィーでは効果が認められている。効果がよい理由としては、血液脳関門が病気により障害を受けてミクログリアなどが脳内に浸潤しやすいなどが推測されている。ムコ多糖症の脳に対する造血幹細胞移植の効果については、MRI所見より検討した報告がある2)。いずれにおいても、病状の進行速度を遅らせる可能性はあるが、改善や治癒は望めない。

4.病気から見た造血幹細胞移植の効果

造血幹細胞移植において、早期治療がより大きな効果を得ることが出来ることは言うまでもない。発症前、さらには乳児期早期に行うことが、移植細胞の臓器浸潤を考慮すると、より望ましいと考えられる。また、移植細胞の生着までに要する期間を考えても、早期であるだけでなく、病気の進行が緩徐である病型のほうがより効果的である。
造血幹細胞移植の効果における作用機序から、効果が期待できる疾患・病態は限られる。代謝異常症においては、造血組織に特異的な酵素欠損症や蛋白異常症とライソゾーム病のみで、これ以外では副腎白質ジストロフィーが知られているだけである。以下に、主なライソゾーム病について、疾患ごとの効果の概略を述べる。

(1) リピドーシス

1.Gaucher病
肝臓、脾臓、骨髄など細網内皮系が罹患する疾患であることから、造血幹細胞移植の効果は大きい。特に、I型(成人型)では、神経症状を認めないことから、満足のできる効果を得る。しかし、現在では、I型ではむしろ酵素補充療法が第1選択となっている。
2.Niemann-Pick病
肝臓、脾臓、骨髄および中枢神経にスフィンゴミエリンの蓄積が起こる。中枢神経症状が無いB型の患者に行われ、肝脾腫の縮小などの効果が認められている。A型、C型の中枢神経症状に対しては効果がない。B型については、酵素製剤も開発されつつある。
3.異染性白質ジストロフィーおよびKrabbe病
発症前の早期に移植を行えば、病状の進展を緩和できると報告されている。当然、進行の早い乳児型よりも、緩徐に進行する若年型や成人型の方が効果を期待できる。

(2)ムコ多糖症

1.I型(Hurler病、Hurler/Scheie病、Scheie病)
これらについては、全般的によい効果が得られている。Hurler病については発症が早いので、早期診断早期治療が大切である。しかし、骨症状、神経症状については、移植後も進行がある。酵素補充療法も可能であり、よい効果を得ているが骨、神経には効果がない。
2.II型(Hunter病)
重症型については、進行が早く知能障害も来すため、あまり勧められていない。軽症型については、日本においてはかなりの症例で行われている。骨病変、神経病変を除いては、効果が認められている。酵素治療も可能となっているが、骨、神経には効果がない。
3.III型(Sanfillipo病)
A,B,C,D各型の4つに別れている。いずれについても知能障害が主な症状であるため、造血幹細胞移植は勧められない。
4.IV型(Morquio病)
A型とB型とがあるが、いずれも骨の症状が主であるため、移植の効果はあまり望めない。
5.VI型(Maroteaux-Lamy病)
骨症状以外については、よい効果が得られている。酵素治療も可能となっているが、骨には効果がない。
6.VII型(Sly病)
早期に行えば、I型と同様によい効果が期待できるが、骨、神経に効果が少ないことは同じである。

5.造血幹細胞移植の適応と酵素治療

上記に述べたように、限られた疾患においてはある程度の効果が期待できる。ライソゾーム病の中では、一般に、造血幹細胞移植の効果がある疾患では酵素治療も効果がある。造血幹細胞移植は、リスクは高いが、いったん生着するとあとの治療の必要がない。酵素治療では、リスクは少ないが週1回の点滴を一生継続しなければいけない。両者のメリット、デメリットを考慮して治療を選択すべきである。どちらのほうがより効果が大きいかという結論は、まだ得られていない。しかし、造血幹細胞移植も酵素治療も病因治療ではあるが根本治療ではなく、病気の症状を緩和したり進行の度合いを少なくしたりするものであり、病気を完全に治癒させて健常人と同じくできるものではない。
ドナーの状況から述べると、副作用と効果の面で、HLA一致の且つ保因者でない健常同胞がもっとも良い。最近では、移植技術の進歩から、骨髄バンクからの移植も良い成績が得られている。日本での移植成績は、10年以上の経過観察において生存率は90%近い。ドナー別に見ると、同胞ドナー、非血縁骨髄ドナーからの移植が非血縁臍帯血ドナー、HLA不適合血縁ドナー(両親)からの移植よりも成績がよい。欧米に比べ、日本では比較的積極的に代謝異常症に対する造血幹細胞移植が行われている。これは、諸外国に比べて日本における非血縁骨髄ドナーからの移植成績がかなり良いという理由からであろう。酵素治療を踏まえて、日本での代謝異常症各疾患における造血幹細胞移植の適応基準が検討されている。

6.文献

  1. Hobbs JR, Hugh-Jones K, Barret AJ et al. Reversal of clinical features of Hurler’s disease and biochemical improvement after treatment by bone-marrow transplantation. Lancet 1981; 2: 709-12.
  2. Seto T, Kono K, Morimoto K, Inoue Y, Shintaku H, Matsuoka O, Yamano T, Tanaka A: Brain magnetic resonance imaging in 23 patients with mucopolysaccharidoses and the effect of bone marrow transplantation. Ann. Neurol. 2001; 50: 79-92